1

「ねえ、お金賭けてやるドラフトに興味ない?」
 すべてはその一言から始まった。

 その日は朝から快晴だった。
 山手線の××駅で降り、スマホの地図片手に××通り方面へ向かう。七月に入ったばかりにもかかわらず暑かった。陽射しに加え、アスファルトからの照り返しが不快指数を上昇させる。蝉の鳴き声がそれに拍車を掛けた。普段完全夜型の生活を送っているため、思いの外きつい。地球温暖化。そんな単語が頭に浮かぶ。
 暑さと車の排ガスに耐えて歩くこと十五分。目当てのマンションに着いた。直線的なデザインの十数階建て。高級なそれではない。それでも、家賃は俺が住んでいるアパートの倍はするだろう。
 気持ちを落ち着かせてから、呼び出しパネルに部屋番号を入力した。0705。数秒ののち、応答があった。落ち着いた男の声だった。
『はい、どちら様でしょう』
「HALに紹介された鈴木だけど」
 ためらいがちに言った。この時点でもまだ半信半疑だった。はあ、どちら様でしょう。九割近い確率でそんな声が返ってくると思っていた。
 予想は外れた。
『……鈴木様ですね。はい、伺っております。どうぞお上がりください』
 エントランスのドアロックが解除される音がした。
 俺は信じられない思いでそれを聞いた。

 2

 都内某所のマンションの一室で、賭けブースタードラフトが行われている。それも千円二千円のちゃちな遊びじゃない。一トップ十万の高レートギャンブル。
 そんな漫画じみた話を吹き込まれたのは、MOのドラフトの対戦後だった。
 その日も俺は、夜から朝までMOでドラフトに興じていた。朝から夜までじゃないのは、MOが海外時間で動いているからだ。
 六月の終わりにしては、蒸し暑い夜だった。我が家は八畳一間のワンルームアパートだ。パソコンデスクとベッドだけでスペースの大半が埋まるが、不便さはない。俺の日常にはその二つしか必要ないからだ。電気代節約のためクーラーはつけていなかった。その分、窓を全開にしているが、その日は風がなくあまり効果はなかった。
 その日、五回目となるドラフトの第三マッチ。1-1で迎えた第三ゲーム。ビートダウン同士の戦いは五分で終盤を迎えつつあった。俺のターンの第一メインフェイズ。残ライフは互いに7。場の生物は俺から見て5対4。除去やバットリを考慮するとかなり難しい局面だった。俺の手札にはパンプスペルがある。フルアタックして相手が除去を持っていなければ勝てる。が、相手は前のターンにアクションを取っておらず、除去を構えている可能性が高い。ならば大人しく待つのが定跡だが、相手のデッキにはこちらが対処できないボムが二枚入っている。引かれれば負けだ。待てば待つほどリスクは高まる。
 攻めるべきか、待つべきか。
 考えていると、画面が一瞬ぼやけた。ぶっ続けでドラフトをしていると、十時間を越えた辺りから目が霞んでくる。肩の凝りもひどい。何より眠かった。これが終わったらシャワーを浴びて寝よう。そんな風に考えながらマウスを操作した。
 相手は除去を持っていない。故にフルアタック。それが俺の判断だった。これまでの相手の挙動や画面越しに伝わる雰囲気から、そう結論を出した。こういった読みが外れることはほとんどない。
 相手のブロックは適切だった。通った生物にパンプスペルを使った。画面中央に[you win!]というメッセージが表示された。
 ようやく終わった。これで今日は3-0が三回、2-1が二回。不満のない成績だ。
 手を組んで伸びをした。これでようやく寝られる。そう思ったとき、対戦相手が話し掛けてきた。
 HAL:きみ、強いね。
 suzuki:どうも。
 HAL:もしかしてプロ?
 suzuki:違う。
 HAL:でも、強さはプロ並みだよ。
 suzuki:どうも。
 HAL:ずっとタダでドラフトできてるんでしょ。
 suzuki:まあな。
 HAL:そんなに強いのにプロになる気はないんだ?
 suzuki:ああ。
 レスが止まった。会話は終わったようだ。画面を切り替えようとマウスに手を伸ばす。
 HAL:ねえ、お金賭けてやるドラフトに興味ない?
 マウスを掴もうとしていた手が止まった。こいつ、何を言い出すんだ。
 suzuki:意味がわからない。
 HAL:そのまんまだよ。賭けドラフト。賭け麻雀とかと一緒。
 suzuki:金ってチケでも賭けるのか。
 HAL:違う。リアルの話。高レートの賭けドラをやってるマンションが都内にあるんだ。
 目が点になった。一瞬ののち、あくびが出た。
 suzuki:つまらん冗談だ。本気ならすぐに頭の病院へ行け。
 HAL:ホントだって。信じられないのも無理ないけど。
 ため息をついた。重度の妄想だろう。MOのやりすぎで漫画と現実の区別がつかなくなった。あるいは幼稚な悪戯の類。いずれにせよ、まともな神経の持ち主なら相手にせずドラフト画面を終了させる。
 だが、俺はまともじゃなかった。毎日部屋に籠もってドラフトをやり続けている人間がまともなはずがない。
 suzuki:詳細を教えろ。
 HAL:信じてくれたんだ。
 suzuki:信じちゃいない。話を聞くだけだ。
 軽い暇つぶしのつもりだった。どんな与太話が飛び出すのか、興味があった。穴や矛盾があったら容赦なく突いてやる。俺にしては珍しく、そんな意地の悪い気持ちになっていた。
 HALはルールやシステムについて説明した。それらは狂人の妄想や馬鹿の悪戯にしては、隙がなかった。細かい部分まで考えられていた。事実だけが持つ匂いを感じた。
 HAL:これでもまだ信じられない?
 悔しいが何も言い返せなかった。マンション麻雀ならぬマンションドラフト。常識で考えてありえるはずがない。なのに戯言と切り捨てることができない。
 気がつくとキーボードをタイプしていた。
 suzuki:お前が俺を紹介してくれるのか?
 HAL:うん。ラインかメアド教えて。場所と日時、追って連絡するから。
 俺はとても馬鹿なことをしている。そう頭の片隅で考えながら、スマホのメールアドレスを教えた。そして、チャットを終えた。
 最後のレスはこうだった。
 HAL:ようこそ、こちら側へ。
 それが先週の出来事である。
 だが、ある程度本気にしていたのはシャワーを浴びて寝るまでだった。翌朝には、頭がいい人間に一杯食わされたと気づいた。一日中MOをやり続けた頭は判断力が低下している。そこを見事に突かれた。二十七にもなって愚にもつかない悪戯に引っ掛かった自分が情けなかった。
 ところが数日後、HALからメールが届いた。場所と日時が記されていた。
 悪戯にしてはしつこく感じた。不気味さすら覚えた。
 最初は無視するつもりだった。だが、すぐに考えをあらためた。行くだけ行ってみよう。悪戯ならそれでいい。どうせ俺は無職だ。時間ならいくらでもある。そう自分に言い聞かせた。

 3

 小綺麗なロビーを抜けてエレベーターに乗った。
 七階で降り、五号室のドアの前に立つ。表札には美濃部と出ていた。
 エレベーターに乗ったときから、かすかな胸の高鳴りを感じていた。不安混じりの期待からだった。何かに期待するのはいつぶりだろう。この二年間、俺は死んだように生きてきた。安アパートでの半引き籠もり生活。MOのドラフトには没頭したが、そこには常にある種の虚しさがつきまとっていた。俺はこのアパートで生きたまま腐って死ぬんじゃないか。日々、そんな風に感じていた。だからこそ、この胸の高鳴りに生きている実感を覚えた。そうか、俺は生きている実感がほしかったんだ。だから与太話としか思えない話にも乗った。そう思った。
 深呼吸をしてから、チャイムを押した。ピンポーン、と間の抜けた音が鳴る。少しして、ドアの向こうに人の気配を感じた。鍵が外されてドアが開いた。
「いらっしゃいませ、鈴木様。ようこそおいでくださいました」
 髪を後ろに撫でつけた男が頭を下げた。年齢は五十前後。ポロシャツにベージュのチノパンツを穿いている。顔立ちは柔和で上品だ。休日に家でリラックスしている一流ホテルの支配人。そんな雰囲気を漂わせていた。
「わたくし、店長の美濃部と申します。さあ、どうぞお上がりください」
 中に通され、差し出されたスリッパに履き替える。ごく普通のマンションの玄関だ。美濃部に続いて廊下を進み、奥の部屋に入った。
 十二畳ほどのLDK。奥が全面ガラス戸の、明るい感じの洋間である。部屋の片隅には観葉植物が置かれ、壁にはMTGのイラストプリントが飾られている。鉄火場にはまるで見えない。
 部屋の中央に八人掛けの白いテーブルが置かれていた。先客が五人、席に着いていた。
「皆様、こちらHAL様の紹介でいらした、ご新規の鈴木様でいらっしゃいます」
 美濃部が俺を紹介した。俺は会釈した。反応は様々だった。
「へえ、ご新規さんか。久しぶりやな。オレは不動保(ふどうたもつ)や。よろしゅうな」
 五分刈りの坊主頭が言った。二十代前半。カーキ色のタンクトップに迷彩柄のハーフパンツをあわせている。くりっとした目が人懐っこそうだ。
「松崎です。よろしく」
 ほっそりとした野球帽の男が静かに言った。年がわかりづらいが、多分三十半ば。白のTシャツにジーンズを穿いている。
「…………」
 黙って会釈を返したのは頭にバンダナを巻いた男だ。二十代後半だろう。浅黒い肌と痩けた頬が、イスラム教の修行僧を思わせた。
 パーカーのフードを被った男はまったく反応を見せなかった。スマホを横に持ちゲームをしている。のっぺりした顔つき。年齢的には大学生くらいだろう。
 そこまでは別段、驚かされることもなかった。だが、五人目には面食らった。
「あたしは桜木美希。よろしく」
 女だった。しかも恐らくは高校生。ハーフ系の華やかな顔立ちで、金髪のショートボブがよく似合っている。服装はピンクのサマーセーターと黒の洒落たミニスカート。挨拶するときだけ俺を見たが、すぐに読書に戻った。
「お飲み物は何になさいますか」
 驚きで固まっていた俺に、美濃部が尋ねた。コーヒーを頼むと、「かしこまりました」と言ってキッチンに消えた。
 俺は努めて冷静になろうとした。どんな人間が相手だろうが関係ない。ただ勝つだけだ。そう自分に言い聞かせた。
「あんた、こういう場所は初めてか」
 椅子に座ると、不動が話し掛けてきた。社交が目的ではないだろう。ここは高レートの賭場だ。会話から俺の情報を得て利用する腹づもりに違いない。無言を貫く手もあったが、それでは俺も情報を得られない。ただでさえ情報面では新顔の俺が一番不利なのだ。ここは会話に乗って、逆に情報を得るべき場面だった。
「ああ、そうだ」
 すでに戦いは始まっている。慎重に答えた。嘘をつく手もあったが、下手に嘘をついても見破られるだけだ。基本的には素直に答えるべきだろう。
「緊張したやろ。何せマンションドラフトやからな」
「まあな。ロビーで呼び出しするまでは、悪戯だと思ってた」
「無理ないわな。オレかてそやったし。あんた、HALに誘われたってことはMO派やろ。なんてID?」
 さっそくきた。だが、思っていたよりはストレートだ。
「悪いが言えないな。過去にあんたと当たってたらピックの好みやプレイングの癖を覚えられてる可能性がある」
「つれへんなあ。それくらい教えてくれたってええやん」
「仕方ないよ。ここはそういう場なんだから」
 会話に加わってきたのは松崎だ。淡々とした喋り方が、落ち着いた印象を与える。
「せやかて松崎さん、せっかく何やから仲ようしたいやん」
「気持ちはわからないではないけどね」
 欧米人のように手の平を上に向け、ふっ、と笑う。
「ここ、どれくらいの頻度でやってるんだ」
「週一やな。たまにメンバーが揃わんで場が立たん週もあるけど」
「常連は何人くらい?」
「十四、五人ってとこちゃうか。ちょくちょくメンバー入れ替わるけど」
 HALから聞いた話の通りだ。嘘ではないだろう。
「あんたらはここに通って長いのか」
「オレはまだ半年ってとこやな」
「僕はそろそろ二年かな。わりと古株の方だよ」
 これだけの高レートだ。二年生き残ってるならかなりの実力の持ち主と見ていい。他の三人の常連期間も知りたかったが、それではあまりに露骨すぎる。
「HALはよく来るのか」
「いや、一度も来たことない」
 耳を疑った。
「一度も?」
「あいつは勧誘専門なんや。誘われた人間は多いが、会ったことある奴は一人もおらん。まあ、正体を隠して常連になっとるのかもしらんけど。例えばそこのゲーム小僧とか」
 言いながらフードの男に目をやった。フードの男はゲームを続けたまま言う。
「は? 意味不明。あんた頭おかしいんじゃないの。病院行けば?」
「相変わらず口悪いのー。てかさっき初対面やねんから会釈ぐらいせいや」
「そういうの時間の無駄」
「そういうところが怪しいんや。お前、ほんまはHALとちゃうかー?」
 そのとき、ふいに涼やかな声がした。
「そういうあんたこそHALなんじゃないの」
 桜木だった。本から顔は上げていない。
「いやあ、バレてしもたか……ってなんでやねん。オレとは全然タイプちゃうやろ」
「それを言ったら笹部も同じでしょ。ネット上の人格なんてどうにでもできるわけだし」
 笹部とはフード男のことだろう。口調からすると、笹部を特に庇っているわけではなさそうだ。
「そらそうやけど。でもオレは別に」
「まあいいじゃない、誰がHALでも。疑ったところで証明なんてできないんだし」
 松崎が言った。
「そうよ。それに賭場で素姓の詮索はマナー違反でしょ」
「その通りでございますね」
 そう言ったのはコーヒーを運んできた美濃部だ。やんわりとした口調で釘を刺す。
「不動様、戯れにしても軽率な発言は慎んでくださいますようお願いします」
「す、すんません。で、でもやな、やっぱHALの正体は気になるで」
「では、HAL様の正体はわたくしだった、ということでご納得くださいませ」
 無駄のない所作で俺の前にコーヒーを置き、微笑む。美濃部さんにはかなわんわ、と不動が苦笑いした。場の空気が弛緩した。
 俺がコーヒーに口をつけたのを確認してから、美濃部は言った。
「鈴木様、HAL様から当店のルールは聞き及んでいらっしゃいますね」
「ああ、一通りは」
「確認のため、ご説明させて頂きます。当店はブースタードラフト専門店です。ゲーム代はパック料金を含め一回一万円。金銭の授与ですが、ドラフト終了後、八位の方が一位の方に十万円を、同じく七位が二位に七万五千円、六位が三位に五万円、五位が四位に二万五千円をお支払い頂く仕組みです。最低参加回数は一日四回。それ以降は参加者全員の合意があれば何回続けて頂いても構いません。最低参加回数以内で途中抜けする場合、残りのドラフトは八位扱いとなり、その分の金銭をお支払いして頂きます。また、見せ金として四十万円を最初に預からせて頂きます。ここまではよろしいですか」
 頷いた。HALから聞いた話の通りだ。
「使用するセットは『ラヴニカへの回帰』以後からランダムで選ばせて頂きます。ただし『コンスピラシー』『コンスピラシー2』は除きます」
 俺がドラフトを始めたのは『M13』からだ。経験値面での心配はない。
「ピック方法、ピック時間、構築時間、対戦時間は競技ルールに準じます。ルール適応度は競技です。対戦中の持ち時間は特に設けませんが、スロープレイ等にはご注意ください。ジャッジの判断で警告、ゲームロスを出す場合がございます。時間切れの際は追加五ターンののち、残ライフの多いプレイヤーが勝者となります」
 ほぼ一般的なルールだろう。問題はない。
「構築は各対戦テーブルで行って頂きます。対戦テーブルはひとつですが、対戦中は横だけ、構築中は正面と横を仕切りで目隠しいたします。同様に、対戦中は、対戦相手の声のみが聞こえるヘッドフォンを装着して頂きます」
 デッキ内容の漏洩を防止するための仕組みだ。よく考えられている。
「基本土地とスリーブはこちらで用意したものを使用して頂きます。デッキケース、ライフ記入用紙、ペン、ダイス、トークンカードも同様です。また、MTGのカードは一切持ち込み禁止です。各ドラフト後、ピックしたカードは回収させて頂きます。なお、ドラフトポッド及び対戦テーブルは、常時個別の監視カメラで撮影しております」
 不正防止のためだろう。これらも当然と言える。
「対戦テーブルの周囲には、常時一人のジャッジが巡回しています。ルール等の質問がお有りでしたら、お気軽にお声かけください。また、不正行為に関してですが、不正を見かけてもジャッジから指摘することはございません」
 聞いていない話だった。思わず美濃部を見た。ジャッジが不正を指摘しない、だと?
 美濃部は微笑みを浮かべたまま続ける。
「対戦相手の不正にお気づきになった際は、ジャッジに申告することができます。申告を受けたジャッジは録画映像やボディチェックにより不正の有無を判断。申告が認められると、申告されたプレイヤーはそのマッチに敗北するとともに、罰金五十万円を申告者にお支払い頂きます。申告が認められない場合は、逆に申告者が申告されたプレイヤーに五十万円を支払うことになりますのでご注意ください」
 罰金覚悟ならイカサマもあり。イカサマも勝負の内、ってことか。
「ジャッジはわたくし、美濃部が勤めさせて頂きます。ルール説明は以上です。何かご質問はございますか」
 考えた。特に気になる点はない。大丈夫だ、と答えた。
「かしこまりました。もし気になる点がございましたら、いつでもお気軽にお尋ねくださいませ」
 一礼して、美濃部はキッチンに戻っていった。
「どや、イカサマアリとは驚いたやろ」
 ああ、と素直に頷いた。
「今まで罰金を払った奴はいるのか」
「おらんわけではないな。滅多にないことやけど。なんせ罰金五十万や。監視カメラもあるし、リスクが高すぎる」
 それはそうだろう。五十万といえば五ラス分だ。一度や二度のトップのためにするとしても割に合わない。
 それでも、やる奴がいないわけではないのだ。俺は気を引き締め直した。
 会話が途切れた。
「残りの二人、遅いな」
 松崎が時計を見て言った。集合時間の一時半を二十分過ぎている。
 そのとき、計ったようにチャイムが鳴った。美濃部がパネルで応対した。
「最後のお二方がいらっしゃいました」
「さーて、誰がお出ましやろな」
 一分ほどして、またチャイムが鳴った。美濃部が玄関に向かう。戻ってきたときには、二人の男を引き連れていた。
「みんな、遅れてごめん。デジゲの番組の収録が押しちゃってさ」
 先に入ってきた男が爽やかな笑顔で言った。チェック柄のポロシャツに、オフホワイトのチノパンツをあわせている。セットされた短い髪と、細い眉の凜々しい顔立ち。中肉中背だが、全身から溢れる自信が体を一回り大きく見せている。
「ったく、今日は暑くて嫌になるぜ。おっさん、コーラくれ」
 後から入ってきた男が美濃部に言った。百八十半ばの長身。筋肉質で、真っ赤なTシャツから伸びた二の腕は丸太のようだ。下は黒のダメージジーンズ。短い金髪をワックスで後ろに流すように立てている。顔つきはシャープで、目つきの鋭さは猛禽類並だった。
 俺は目を疑った。言葉も失った。
 まさか、なんでこんな連中がここに……。
 日本人MTGプレイヤーで、この二人を知らない人間はまずいない。
 ジャパニーズドラゴン・沢渡龍之介(さわたりりゅうのすけ)。
 ワイルドハウンド・瀬葉克也(せばかつや)。
 そこにいたのは、日本を代表するプラチナプレイヤーだった。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 私はMOやってないしドラフトもたまにしかしない人間なので、間違いがあったら気軽に指摘してください。
 更新ペースはかなりゆっくりになるかと思います。
 というか、長いのを連載するなら他の場所(なろうかカクヨム)でやった方がいいかも。
 このカバレージはBIGMAGICの番組にて「カバレージライター募集」が行われた際に応募したものです。

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 戦いの舞台は「The Replay」。
 BIGMAGICの番組内で行われる対戦企画だ。賞金や名誉とは無縁だが、対戦者のリュウジと岩SHOWの表情に緩みはない。
 フォーマットはレガシー。ただし、スタンダードやモダンから流用したデッキを使用するというコンセプトだ。高額カードを買えないプレイヤーにもレガシーの楽しさを知ってもらいたいという番組側の想いが感じられる。
 二人はいかなるデッキと戦いを披露してくれるのか。

 GAME1

 先手のリュウジが電光石火の立ち上がりを見せる。『実験体』から『炎樹族の使者』二体&『稲妻のやっかいもの』と息つく間もなく生物を連続展開、二ターン目にして7点アタックを繰り出す。
 対する岩SHOWは「カンベンしてくれ」とばかりに『実験体』へ『剣を鋤に』。最速スタートは阻害できた。が、6点クロックは依然として脅威だ。ターンが返ってくると、スピリット呪文を唱えるたび「エンチャント(クリーチャー)」をサーチできる『脂火玉』をプレイ。マイナーカードの登場で、オーラを軸にしたスピリットデッキであることが明らかになった。
 リュウジはブロッカーを気にせずフルアタック。岩SHOWは『脂火玉』で『やっかいもの』を受け止める。『ゴーア族の暴行者』を「勇血」されれば窮地に追いやられる場面だが、持たれていれば負けと割り切ったのか、ノーケアだったのか。いずれにせよ「勇血」はなく、『やっかいもの』が一方的に討ち取られて4点ダメージ。岩SHOWのライフは早くも12となった。このまま押し切りたいリュウジ、だが後続が展開できない。
 岩Showとしては二の矢が飛んでこなかったことで一気に楽になった。『涙の神』『迷宮の霊魂』と立て続けに唱え、『脂火玉』の能力で『信仰の足枷』『不忠の糸』をサーチ。ブロッカーを立てつつ相手の生物を奪って封殺を狙う構えだ。
 リュウジは引いてきた『ケルドの匪賊』で攻め手を増やすも、『炎樹族』二体ではさすがに殴れずターンエンド。
 岩Showは『奥義の翼』を『脂火玉』に貼って初アタック。「オーラ交換」の五文字が見るからに怪しい。とはいえマナが足りず起動は次のターンから。
 追い詰められた感のあるリュウジ。「オーラ交換」が不気味だが攻めるしかない。しかし『炎樹族』Aは『霊魂』でブロック、Bへは『剣を鋤に』と捌かれてはさすがに厳しい。これは勝負あったか。
 テイクターン。岩Showは『脂火玉』で殴り、おもむろに「オーラ交換」を起動。『奥義の翼』と入れ替わりに貼られたのは、なんと+10/+10修正&トランプル&滅殺2を与える『エルドラージの徴兵』! あえなく投了となった。

 カードプールが広い分、レガシーには凶悪コンボがひしめいている。それらは時として理不尽ではあるものの、スタンダードでは味わえないスリリングなゲームをもたらしてくれる。

 GAME2

 負け先のリュウジが『教区の勇者』二体を並べるスタート。一見大人しい立ち上がりだが、今後『ナカティル』『ゴーア族』以外の自軍生物が出るたび『勇者』が膨れ上がるのだから油断はできない。
 対する岩Showは『イアロスの英雄』で勇者を迎え撃つ。が、これにはターンエンドにあっさりと『稲妻』。
 リュウジは『ケルドの匪賊』をキャスト。荒くれ者の加勢でパンプした『勇者』たちで襲い掛かる。これで岩Showのライフは早くも11。しかも相手は8点クロックを有している。「やはり最後の敵は同じ人間だったか」とは誰の台詞だったか。
 絶体絶命の岩Show。『迷宮の霊魂』を出して一縷の望みを繋ごうとするも、リュウジは『やっかいもの』をプレイしてフルアタックを慣行。追加で「勇血」した『ゴーア族』がきっちりライフを削りきった。
 ここまでたったの四ターン。まさに瞬殺。これぞビートダウン。電撃(ブリッツ)の名は伊達ではない。

 過去の「The Replay」を通じて感じるのはリュウジのプレイングの速さだ。彼はネットで常々スロープレイヤーに苦言を呈している。曰く「マジックは時間を掛けてベストを見つけるゲームではなく、限られた時間でベターを探すゲーム」である、と。「マジックは思考の瞬発力を競うゲーム」という表現も見かけた。これらには同感で、対戦中つい考えこんでしまいがちな筆者はこの言葉を肝に銘じている(むろん、限られた時間でベストを見つけられるに越したことはないが)。

 GAME3

 第三ゲーム。泣いても笑ってもこれが最後だ。勝利を手にするのは『稲妻』の速さで襲い掛かる人間(ヒューマン)を駆るリュウジか、あるいは多彩な『奥義』を纏う精霊(スピリット)を操る岩Showか。

 初の先手となる岩Show。戦いの火ぶたを切ったのはこれまで姿を見せなかった『ルーンの母』。続いて『脂火玉』と理想的な滑り出しを見せる。
 一方リュウジは『ナカティル』スタート。このアタックに、岩Showはどちらかの生物でブロック後『母』の能力を起動する手もあったが、スタック除去を警戒して当然のスルー。戦闘後リュウジは『炎樹族』『火拳の打撃者』と並べ、岩Showは『迷宮の霊魂』で『不忠の糸』サーチしてターンエンド。睨み合いの盤面だが、『母』『不忠の糸』がある分、岩Showが有利か。
 リュウジが『アヴァブルックの町長』を召喚する。すべての人間に+1/+1修正を加える良カードだ。『ナカティル』と人間二体で攻撃。『打撃者』の能力で『霊魂』をブロック不能にさせ一気に9点を狙うも、これには岩Showが攻撃指定前に『打撃者』へ『剣を鋤に』。『霊魂』と『炎樹族』が相打ちで岩Showのライフは残り13。戦闘後リュウジは『渋面の溶岩使い』を加えてプレッシャーを掛ける。『母』の能力を牽制すると同時に、本体ダメージでの勝ち筋も見えてきた。
 だが岩Showも黙ってはいない。ひとまず『不忠の糸』で『町長』を奪ってターンを渡すと、単騎駆けの『ナカティル』を『町長』でブロック後、少考を経て『母』の能力で『町長』を守った。場には召喚酔いの解けた『溶岩使い』がいる。ここであえて『母』を見捨てた真意や如何に?
 このアクションに対してリュウジはいささか迷う様子を見せたのち、『脂火玉』へ『流刑への道』。続け様に『母』を『溶岩使い』で焼いて相手の場をほぼ更地にする。
 重要な生物を二体も失った岩Show。だが一連の流れは彼の思惑通りだった。
 ターンが返ってくるとすかさずフェッチランドをセット&即起動。六マナフルタップから飛び出したのは、対ビートダウンへの切り札『天界のマントル』! どうやら前ターンのプレイングの狙いは、『流刑への道』を釣り出しての土地伸ばしだったようだ。これぞファインプレイ!
 とはいえ、リュウジが『流刑』を持っていない可能性もゼロではなかった。リスキーといえばリスキーなプレイ。しかし、勝利を得るためには、時として己の読みに殉じる覚悟を持たねばならない。
 そして、ハイリスクを乗り越えた先には、ハイリターンが待っている。
 かくして反撃が開始された。
 タップ状態の『ナカティル』『溶岩使い』を尻目にレッドゾーンに進む『アヴァブルックの町長』。ブロッカーのいないリュウジは臍を噛んで通すしかない。
 ライフ21のリュウジにとって4点などかすり傷。だが、相手ライフが12から倍増するのはあまりに痛い。痛すぎる。
 それでも諦めるわけにはいかないリュウジ。ターンが返ってくると、フルアタック後に『ケルドの匪賊』『火拳の打撃者』と並べ『町長』への防御態勢を築く。
 岩Showからすれば、『町長』に『奥義の翼』等の回避能力付与オーラを張れば勝ちの状況。このまま勢いに乗って押し切ってしまうのか。
 ドローする岩Show。
 そのまま静かにターンを終える。
 両プレイヤーが呪文を唱えなかったことにより、リュウジのアップキープに『町長』が『頭目』変身。サイズアップに加え、自ターンの終了時に実質2/2の狼トークンが出るようになった。
 敗北を回避したリュウジ。グッと身を乗り出して気合いを入れてから、『溶岩使い』を除く三体で攻撃する。『打撃者』の能力でブロックを許さず相手ライフを11に落とすと、二体目の『溶岩使い』を追加して守りを固めた。とにかく『頭目』さえ通さなければ何とかなりそうだ。
 岩Showのターン。『頭目』アタック。『溶岩使い』ブロック。『迷宮の霊魂』プレイ。エンドステップに狼トークン生成。『溶岩使い』で本体に2点。リュウジのターン。『匪賊』消失。ドローゴー。生物以外の何を引いたのか。エンド前に岩SHOWが『修復の天使』キャスト。『修復』と『頭目』でアタック。『打撃者』でブロック。リュウジのライフは14。勝負は接戦の様相を呈してきた。
 とはいえ、長期戦になると真価を発揮するのが『渋面の溶岩使い』。岩Showのエンド時にまた本体に2点で、岩SHOWのライフはついに危険域の6。そしてリュウジの墓地は一枚。岩Showからすれば皮一枚で首が繋がっているも同然だ。果たして反撃は間に合うのか。
 戦いの趨勢を左右するリュウジのドロー。
 ぱたり、と置かれたのは土地。
 岩Showのドロー。
 引いてきたのはフェッチランド。プレイして即起動。8マナフルタップで最後の手札を唱える。『修復の天使』を対象にキャストされたそれは、最終兵器の『エルドラージの徴兵』! フルアタックで勝負あり!
 かと思いきや、そこでリュウジが間髪入れず本体に『稲妻』。そしてその『稲妻』を含めた墓地二枚をリムーブして『溶岩使い』を起動しゲームセット!
 なんという劇的な幕切れ。岩SHOWの最終ドローがフェッチランド以外の土地なら勝敗は逆だった。This is a the Magic: The Gathering!

 かくして「The Replay」はリュウジの勝利で終わった。放送にふさわしい熱戦を繰り広げた対戦者二人に惜しみない賞賛を送りたい。
「あなたにとってMTGとはなんですか」



 ありがちな問いだ。答えは人それぞれだろう。
 気軽な趣味の一つ。友人とのコミュニケーションツール。ほどほどに真剣になれる遊び。暇つぶしの道具。エトセトラ。エトセトラ……。
 まさに多種多様。十人十色。だが、そこにはある共通項がある。
 MTGはあくまで生活の一部に過ぎない、という点だ。
 当然だろう。MTGを生活の中心に据えるわけにはいかない。MTGには賞金制度があるとはいえ、プロスポーツなどと比べるとその賞金額は微々たるものだ。全世界で上位数十人に入り続けないと生活できないし、その高いハードルを越えても将来の保障は一切ない。
 しかし、何事にも例外は存在する。
 俗にいう「オールイン」プレイヤー。定職を持たず、MTG第一の生活を送る者たち。MTGに人生を賭けた者たち、と呼んでもいいかもしれない。
 オールインプレイヤーには二種類いる。一定の実績を持っているプロと、プロを目指すノンプロだ。
 前者はまだわからないではない。生活できるかは別として、幾許かの権利と賞金を得ているのだ。ここはひとつ人生を賭けてやろう。そう考えるのは理解できる。
 後者となると理解は難しい。あまりにも無謀だからだ。人によっては人生を捨てた愚か者だと切り捨てるだろう。
 何が彼らをそこまで駆り立てさせたのか。彼らはなぜMTGに人生を賭けたのか。
 MTGの魅力に取り憑かれた。
 月並みな表現を用いれば、そういうことになるのだろう。
 最初は単純にMTGが好きだった。続けるうちに奥深さに嵌まっていった。もっと強くなりたい、より深くこのゲームを理解したい、とことんまで極めたい。そんな風に願うようになった。気がつくと全身どっぷりとMTGに浸かっていた。いや、自ら望んでそうなった。
 むろん、犠牲にしたものも少なくはない。安定した収入と生活基盤。将来の保障。両親からの期待。恋人との関係。エトセトラ。エトセトラ……。



 ここに二人のMTGプレイヤーがいる。
 両者ともオールインのノンプロだ。様々なものを犠牲にして、腕を磨いてきた。その甲斐あって、初めて大舞台に立つチャンスを得た。それもちゃちなチャンスではない。最上級の大チャンスだ。
 競技MTGの最高峰、プロツアー。その二日目。互いに二敗で迎えたその日の最終戦は、トップ8への切符を賭けたバブルマッチだった。
 結論からいえば、この一戦の結果が彼らの人生を大きく左右することになる。勝者はその後華々しく活躍して殿堂プレイヤーにまで昇り詰め、敗者は目立った成績を残すことなく五年後にひっそりと競技MTGから引退した。
 あまりに極端な明と暗。栄光と挫折。鮮やかに過ぎる人生のコントラスト。
 彼らの人生は、なぜ、これほどまでに明暗を別けてしまったのか。
 ある者はいうだろう。元からモノが違ったのだ、と。持って生まれた才能の差だ、と。
 またある者はいうだろう。流した汗の量の多寡だ、と。日の目を浴びない人間には勝ちたい想いが足りないのだ、と。
 果たして本当にそうなのだろうか。
 むろん、そういった面があることは否定できない。結果から見れば至極妥当な見方だ。
 だが、あの一戦を間近で観ていた私は思うのだ。
 当時の彼らに大した差などなかったのではないか、と。
 もし勝負の行方が逆だったなら、彼らの人生もまたそっくり入れ替わっていたのではないか、と。
 根拠のない説であることは重々承知している。空想、いや妄想の類と謗られても文句は言えまい。
 ただ、それでもなお、私は自分の考えが正しいと半ば確信している。それほどまでに、あの一戦での彼らは拮抗していた。ありとあらゆる意味において。
 それを証明するかのように、ひとつだけ確かな事実がある。
 あの運命の一戦を決定づけたもの。
 それはたった一枚のドローの後先だった。



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 この作品はフィクションです。登場するいかなる団体・人物も実在のそれとは関係ありません。また、エンターテインメント性を優先して現実のMTG業界より脚色している部分があります。



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